これまでの歩み

これまでの歩み

『願生の火が点く ―人生の分岐点―』

 形式や知識教養にとどまる仏教のありかたに疑問を抱く中、著者自身も信心の厚い壁にぶち当たり、もがき苦しむ!しかし、得道の師と出遇い、厳しいお育ての果てに、ついに、人生ひとたびあるという飛躍の転機がおとずれる。
―そこから、人間の苦しみ、悩み、悲しみを救済する仏教の歩みが始まった!!

「萌芽」

大学時代の冊子です。今、ふりかえると一貫して、無量寿(永遠のいのち)の芽が誕生することを願い願われていることでした。それは久遠から願われていたことであります。しかし、そこは善き師に出会うまでは開かれない世界です。いのちが出口を求めてあがいている時代でした。

二人の出遇い

生きがいが無く暗い心でさまよい、一度も東京に行かなくて死ぬのも悔しいという気持ちで、京都駅の裏から東京行きの夜行バスにのりました。(常照)
ジョニー大倉のコンサートに暗くやり場のない心を抱えて夜行バスに乗りました。(法喜)。バスの隣に乗ったことがご縁でした。一つずれていたら今はない。不思議の連続を私たちは日々生かされています。

共命の会

名前の由来は結婚式のとき、司婚をして下さった竹中智秀先生が共命鳥(胴が一つで頭が二つある鳥、阿弥陀経のなかにあり)のご法話をされたことによります。四条高倉の法喜さんの実家の二階で月一回のご法座が開かれました。

訓覇信雄先生

長川一雄先生が訓覇先生ご縁をつけて下さり、大谷派に同朋会運動という信心の復興する運動のあることを教えて頂きました。「もうこんぞう、また、くるべ」と言われた、金蔵寺の夏期講習に7年くらい参加しました。安田理深先生の相応学舎にも月2回通いました。

藤谷秀道先生

感動がなくなり、本を読んでも、聞法会に出かけても空しく苦しい日々が続くなかで、仏光寺派の藤谷先生とのご縁を頂きました。法蔵菩薩のご思惟、兆載永劫のご修行のいわれを教え頂きました。また、「法執」の課題を賜りました。

坂木恵定先生

石川県松任市の坂木先生は高光大船先生のお弟子であります。先生の魅力に引かれて家族でお寺を訪ねました。

師との出会いを確かめる

藤谷先生亡き後、田舎の寺に帰り、聞光洞という聞法会を立ち上げ、二泊三日の研修会を寺で開きました。「師との出会いを確かめる」というテーマのもと70名を超える参加者となりました。北海道の林暁宇先生、東京の百々海怜先生もご参加されました。

大石法夫先生

我が人生においての決定的出会い。親子は一世の縁、夫婦は二世の縁、師弟は三世を超えるという如く、先生に遇わなかったら、生きがいなく、惰性で生活し、ヤケ酒に逃げ、うつ的状態がつづき、むなしい人生を送るほかなかった。

「大石法夫先生略歴」
 1921年4月  広島県大竹市に生まれる
 1942年4月  京都大学法学部入学
 1943年12月 学徒出陣で海軍入隊
 1944年9月  京都大学を繰り上げ卒業
 1945年8月  人間魚雷回天の光基地(山口県)にて終戦を迎える
 1947年1月  仏門に帰依。浄土真宗木辺派法林寺副住職
 1997年3月  法林寺を去り、自宅での布教活動を展開する
 2010年5月13日還浄。法名釈法龍 行年88歳

 著書  「生まれてよかったですか」(樹心社)
     「どうなろうとこの道一つ」(樹心社)
     「人みな願いに抱かれて」(樹心社)
     「許されて生きる」(樹心社)
     「闇の中に光あり」(樹心社)
     「念仏は生きている」(樹心社)

ブラジル

上口ふじのさん(元ブラジル仏教婦人会会長)との出会いから、ブラジルへ三度の法の旅をさせて頂いた。

いのちの夜明け

ブラジルの同朋との不思議なご縁から出かけたブラジル念仏布教の旅。そこには探し求めていた温かく素朴な出会いがあった。また、師の教えが実践される旅でもあった。
仏の慈悲と智慧は、国や言語や民族を超えて、人と人とが出会える原点であり、浄土の大いなる一つの世界は、人類の帰するところの光明土であった。

「教えに照らされながら」大石法夫先生、序文より
江本さんと知り合って三年足らずです。でも、随分昔から知っている人のような気持ちがします。正しいと思ったらひたむきにすすまれますし、仏様の教えを大切に聞かれる方だと思っています。この本の中で、何か所か私のことに触れておられます。読ませていただいて、すべては私の師である藤解照海先生のご恩であることを思わされます。

この書物を読まれる方は、江本さんが何をめざして生きておられるかに目をとめ、さらに仏様の教えに照らされながら生きておられる点を、読みとってほしいと思います。

ラッシャイ、ラッシャイ

寺報『ラッシャイ、ラッシャイ』は、平成22年の1月から長仁寺が発行している不定期の寺報です。住職も坊守も聞法の上での転機を迎え、心境に変化が生まれてきた頃でした。かねて寺報を出したいという住職の願いを受けて、坊守が取りかかりました。

坊守がこだわったのは、従来の寺報のイメージを破ることでした。それで寺報の名前はよくある経典の語句とかでなく、軽い親しみやすさをイメージしました。そして長く聞法をしてきて、浄土真宗の教えに救われた者として、こんなすばらしい教えがあるのだから「どうぞお寺にいらっしゃい」という気持ちを込めて名付けたのが『ラッシャイ、ラッシャイ』です。
長仁寺のご門徒さまはもちろん、全国の同行さまに読んでいただいておりまます。定期便ではありません。







上記写真について
寺報「ラッシャイ、ラッシャイ」で東本願寺同朋会館を場にした念仏奉仕研修を呼びかけました。各地から申し込みがあり、30名の奉仕団が結成されました。内容は皆さまの表情を見ればお分かりいただけるでしょう。

来年も同じ日程で集まることとなりました。(H24.8.22、23、24日)

長仁寺カード

是非お念仏を称えて頂きたいという願いから長仁寺カードを作らせて頂きました。
お内仏の前やお墓の前だけでなく、うれしいにつけ、悲しいにつけ毎日の日暮の中でお念仏を称えて下さい。身近に持っていただいて、このカードを見ては思い出し「ナンマンダブツ」と称えてください。サイフの中に入れたり読みかけの本に挟んだり、いつも携行できるよう軽量なカードにしました。
裏には大石法夫先生作「光あり」を印刷させていただきました。
仏さまと共に歩まれた先生のご一生がこの歌に込められています。

「南無阿弥陀仏」は仏さまが私たちに下さった光の言葉です。

大切に称えさせていただきましょう。
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真宗大谷派(京都・東本願寺)
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